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    Happyルール|アーユルヴェーダセラピスト・植村智子

Happyルール|こころのバリアフリークリエイター・加藤さくら

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全身の筋力が衰えていく難病・福山型先天性筋ジストロフィーと診断された真心(まこ)ちゃんと共に、笑顔で前を向いて「えがおは宝物」と発信し続ける、こころのバリアフリークリエイター・加藤さくらさん。

加藤さくらさんに、海外生活、結婚・出産そして母として、様々な経験を通して感じた「Happyルール」を伺いました。

加藤さくらのバックグラウンド

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医療福祉にエンターテイメントを

―現在の活動について教えてください

現在は、医療福祉エンターテイメントを通じてあらゆる人々の積極的社会参加を目指す「Ubdobe(ウブドベ)」で、子どもの視点とデジタルアートで小児医療・療育を革新していくプロジェクト「デジリハ」の活動に参加しています。

私は、病気や疾患をもつ子どもたちのリハビリテーション(以下、リハビリ)に、エンターテイメント性があってもいいじゃないかと思っています。子どもは一分一秒「遊び」の中で生きているから、ワクワクしないものに心動かされない。大人だって本当はそうですよね。

―今まで、そのような取り組みはなかったのでしょうか?

遊びを含んだリハビリは今までもあり、おもちゃを使うなど工夫はたくさんしてきました。最近では、iPadやスマートフォンなどのデバイスに頼る人も多いです。ただ、筋力や重力の問題で使えないおもちゃもたくさんあり、ボタンが押せない、手が上がらないから遊べないことも。

障がいで全身が動かなくても、センサーや技術を使えば目線や瞬きだけで、自分が動かす経験をすることができます。今の時代の恩恵で可能性が広がっているはずですが、まだまだ取り入れられていないのが現状なんです。

―遊び感覚で取り入れることができれば良いですよね

勉強はやる・やらないが選択できますが、リハビリは選択はできるものの、怠ると拘縮が進み変形してしまったり、骨が変形しまうなど、その後の生活に大きく影響してしまうんですよ。ですが、途中で辛くてやめてしまったり、なかなか続かなくなってしまったり……。

やらなきゃいけないことなのですが「やらなきゃならない」ではなくて「やりたい」に変えていくことが大切で、それには様々な工夫が必要になってきます。そこに、エンターテイメントやデジタルアートなど技術に可能性があるのではないかと考えており、まさに今実験中です。

―将来的には、子どもが作って子どもがやる流れになっていきそうですね

デジリハの大きな特徴の1つに、デジリハLABに通うキッズプログラマーが開発に加わり、リハビリを必要とする子どもたちのための開発をするという点があ ります。デジリハLABではデジタルアートやプログラミングを学ぶのですが、リハビリ職の資格をもっているプログラマーの講師からリハビリに ついての知識も同時に学びます。そして、 実際にリハビリをしている子どもに会いにいき、リハビリの現場を見学したり、遊びを通してその子が好きなモノ・ コトを把握した上で、デジリハの開発に活かします。

このフローの最大の目的は、病児・ 障がい児と健常児のタッチポイントをつくることです。 現在の日本の教育社会では、病児・ 障がい児と健常児が分断されがちです。 お互いに関わる機会がなく大人になっていくのではなく、 子どもの時に出会い、知ることで、俗にいう『 こころのバリアフリー』につながると期待しています。

今はまだ、子どもたちがデジリハ開発へのアイディアを出したり、 プロトタイプを作ったものを大人のプログラマーやイラストレータ ー、サウンドクリエイターがカタチにしていくのが現状です。 今後長い目でみると、技術を習得した子どもたちが、 ゼロからカタチにしていくことは想定されますね。もしかしたら、 新しい職業として確立されていくかもしれません。

また、病院で暮らしている子どもたちも病室でプログラミングを勉強して、病院で暮らしながらプログラマーとして働く、などといった可能性もあると思うのです。

幼少期の私はデイドリーマー

―幼少期はどのようなお子さんだったのでしょうか?

最近まで幼少期の記憶がなかったんです。何でだろうと不思議なくらい。両親にはとても愛されて育っていたのですが、すっぽりと記憶が消えていました。

数ヶ月前、考えても出てこないから「もういいや」と思っていましたが、娘がお世話になっている音楽療法の先生に「大人向けの潜在意識にアプローチするプログラムがあるから受けてみない?」と誘われ、受けてみたところ、幼少期の記憶が蘇ってきたんですよ。

その時に、私の幼少期は「デイドリーマー」だったから現実の記憶がないとわかったんです。つまり、心ここにあらずの子。空想の世界で生きていて、現実に目の前で先生が授業をしていても、自分は自分の世界で楽しんでいるから、先生の話を全く聞かない子どもだったんです。

記憶があるリアリティな時代

―空想の世界から現実へ切り替わったのはいつ頃だったのでしょうか

世間にはまっていったのは、中学生時代ぐらいかなと思いますね。想像すること自体は好きなんですが、それだけでは問題だと気づいたんだと思います(笑)

児童心理の観点から見ると、低学年くらいがイマジネーションの中にいることは普通のことだと聞いたことがあります。子どもが「妖精がいた」と言っていても、大人は「嘘だ」と否定せずに「あなたの世界にはいたんだね」と思うようにするといいとか。

―親御さんは「デイドリーマー」について、どう思われていたのでしょうか。

どちらかというと母親は「ちゃんとしなさい」と否定する方でしたね。愛情が豊かな人ではあるので、実際はそこまで強く否定されていた訳ではないと思うのですが、記憶の断片では「否定されていた」という印象が強いですね。ただ、全面的に「あなたはあなたでいいのよ」という親ではなかったと思います。当たり前な親心として、ちゃんとした大人になってほしかったんでしょうね(笑)また、父親は寡黙で、典型的なサラリーマン家庭だったので、働き盛りのときは、あまり家にいませんでした。なので、どちらかというと母親の影響が大きかったですね。

ちょうど良かったのが、私が三姉妹の次女なので、ほどよく放任されていたことですね。なので、私自身は窮屈な思いはそこまでせず、置かれている環境は心地良かったです。

単身で海外留学、カナダへ

―進学はどのようにされていったのでしょうか

吹奏楽がやりたくて高校に入学。学びたいことがなかったので大学には進学はせず、何を学びたいかを考えた時に「音楽関係の裏方」が良いと思い、専門学校に。でも、いざ行ってみると思っていたこととは違いました。そこで、英語を使っている国に憧れがあったことを思い出し、両親を何とか説得して海外へ行くことを決意。専門学校を一年でやめ、英語は全くできないまま、カナダに留学することに。

―英語を学びたいというきっかけは?

中学校の頃、海外の姉妹校への留学になんとなく憧れがあったんです。行ってみたいことを親に伝えると「お金がないから」と断念。その後も、海外の文化に触れる機会がありました。カーディガンズ(The Cardigans)の歌詞を聞いて、言っている言葉の意味はわからないけれど、なんて心地がいいんだろうと思ってて……。

英語の成績が特別良いわけでもなかったのですが、ただ憧れだけで留学を決めました。

―英語が全くできないままカナダへ行って、大変ではなかったですか?

大変でしたよ!だって通じないんだもん(笑)それよりも、空港に迎えに来てくれたホームステイ先のおばあちゃんに若い彼氏がいて、留学スタート時からカルチャーショック。娘二人がいるけど二人ともお父さんが違うとか、それを聞いている彼氏も「よくあることだよね」みたいな感じで。日本では非常識なことが、その他の土地では常識であることに混乱しつつ、『所変われば価値観も変わるんだ』と痛感。その時に「私はなんて小さな世界に住んでいたのだろう」と思いました。

たまたま一人暮らしで借りていたマンションが現地では『ゲイストリート』と呼ばれるくらいゲイの方々が多く住むところで、自然とLGBTのお友達も増えました。いろんな価値観、いろんな人間に出会えた経験は今になって宝物になっていると感じます。

留学中は、半年語学学校に通った後、観光業の専門学校に通いました。合計2年ほど滞在し、やはり日本で何かやりたいなと思って、帰国することにしたんです。

―帰国後はどのような生活をされていたのでしょうか?

最初は、インターンシップもやっていたので、ホテル業に勤めたかったんです。でも、学歴で給料が決まってしまう日本の仕組みに納得ができなくて、実力主義で給料がもらえるベンチャー企業に就職を決めました。その会社で現在の夫と出会いました。

結婚・出産で変わるライフスタイル

―それぞれの活動について、夫婦で議論し合うことはあるのでしょうか?

お互いに関与しすぎないようにはしているんです。でも、子どものこと、将来のこと、夫婦関係についてはめっちゃ話します。少し気になったら話して、ちゃんとケンカして(笑)

―結婚・出産してお仕事はどうされたのでしょうか?

結婚・出産しても仕事はしばらく続けていました。長女を出産してから夜遅くまで働く勤務形態から、朝6時から午後には終わる形態に変更しました。朝5時前に家を出るので、保育園では市場で働いていると勘違いされていました(笑)次女の場合は難病ということもあり、一時期は入退院を繰り返していたので組織の中で働くことに徐々に居心地の悪さを感じていました。

最初は「障がい」に気づかなかった

―障がいに、最初は気づかなかったそうですが?

最初は気づかなかったのですが、育休中に発覚しました。長女を育てて二人目だったので、動きや力強さが違う点も気になるし、いつまでたっても寝返りもしない。なんだかゆったりしているなぁと思っていたのですが、6ヶ月くらい経っても首がすわらないので、病院に行ったら「筋ジスだね……」と。

精密検査をして病名がわかって、先生によって「集団生活はやめた方がいい」「集団生活で菌はもらってしまうかもしれないけど、人生楽しんだ方がいい」など様々な意見がありました。あとはどっちを親が選択するかで、私としては「そりゃあ、人生楽しもうよ」と思ったんです。

人生楽しむ方を選んだら、やっぱりウィルスをもらってきてしまい、入退院を繰り返すことに。でもその分免疫がついて、3、4歳になる頃には元気になりましたけど。

ライフスタイルの変化

―病気などもあって、退職を決意されたんですね

退職してフリーランスになり、トマス・ゴードン博士が考案した心理学をベースにした親子関係を構築するためのコミュニケーションプログラム「親業」のインストラクターを開始(2018年に親業訓練協会を退会してます)。そして現在は、福祉関係を良くしたい部分もありますが、何か面白いことやりたいなと思い「Ubdobe(ウブドベ)」と、社会障害を攻略するプロフェッショナル団体「一般社団法人 障害攻略課」の仲間に入れていただき活動しています。

障がい者とデザイン

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―障がい者のファッションについてはいかがでしょうか。

問題なのは「おざなりになっているポイント」が結構あるんですよ。洋服は年齢ごとにデザインの選択肢の幅が広がりますよね。例えば、『よだれかけ(スタイ)』。どこかの年齢になると既存のスタイが洋服に似合わなくなるタイミングがあります。

幼児期以降の子が既存のスタイをしていると、『スタイ=赤ちゃんのもの』という価値観が邪魔しているのか、なんだか違和感を感じます。どんなにかっこいい服装をしても、既存のスタイをすると赤ちゃんっぽく見えてしまう。そもそも、デザインの選択肢がなさ過ぎて、でもよだれは出るからタオルでも首に巻いておこうか……となる訳ですが、オシャレをしたい人にとったらタオルを首に巻くのはコーディネートの邪魔になると思うのです。

ファッションは人権や自己肯定感を高めることに繋がっていると思っていて、そんな中で「よだれかけに見えないスタイ」を販売したことによって、今までおざなりになっていたポイントを世の中に訴えかけることが出来たのではないかと思います。気づいてくれる人はきっと気づいてくれると思うんです。

高齢者施設や障がい者施設に行くと残念なのが、音楽やファッションに触れる機会が少ないこと。事実、17、18歳くらいの子が乳幼児向け番組を見て喜んでいる姿があります。その子たちが喜んでいるならいいですが、選択肢が少ない中で生きていかなければならないのは、見せてこなかった大人たちの責任。選択肢が増えれば、ファッションデザイナーになりたいと思う子が出てくるかもしれない。固定概念にしばられていない子たちがデザインすることは、固定概念にしばられがちな私たちにとって学ぶことが多いはずです。

―障がい者向けデザインは様々な制約がありますが、ニーズとしては狭いようで広いような気がしています。

そうですね、私もこれを機にユニバーサルデザインに意識を向けて調べてみました。すると、両腕でコップを持てなくても「ストロー」があれば飲めたり、片手を失った人でも自身で火をつけられるように開発された「ライター」など、今は誰もが当たり前のように使っている物でも、元々の起点は「障がい」に繋がっている物も結構あることを知って、これは「まだまだ取り組めることがたくさんあるのでは!」と思いました。

―デザインもそうですが「障がい」を乗り越えた時に、一般的の人も便利になってくるのかなと思います。

そうなんです、なので現在「一般社団法人 障害攻略課」で、文具や洋服などの改良にたずさわっています。ただ、眉間にシワを寄せてやるのではなく、楽しくやりたいという思いで集まっていますね。

時代の変化と多様性の恩恵

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photo by レスリー・キー イタリアの車プランド アルファ ロメオの「Under One Sun – Be yourself」のプロジェクト

―多様化という考えで「障がい」がある方も生きやすい世の中になってくると思います。

一つの会社ではなく副業や働き方改革で仕事も多様化していますし、一つのことしかやらないというのは逆に不自然な気がします。今は、引きこもりの方も無理せず外で働かず「リモート」で働けたり、外出できない重度障害者が家からロボットをコントロールして接客するカフェの実験が始まっていたりもします。多様化というのは色んな恩恵があるなと。

今は「健常です!」と胸をはっている人だって、いつ何が起こるかわからないじゃないですか。でも、何が起きても大丈夫という世の中って良いと思うんです。誰かに助けてもらえる、いろんな道があるというのは心強いと思います。

全く関係ないことを始める

彫刻刀を買う

―今は何かをやりたいということはあるのでしょうか

福祉の底上げをやりたいというのは使命感でやっているところがあるので、自分が本当にやりたいことを考えた時に、全く関係ないことをやりたいなと思ったんです。そこで最近、彫刻刀を買ったんです。なんだか掘りたいなって(笑)

アパレルで働く

―全然関係ないですが、結果的に繋がってしまう気がします(笑)

そうなんです、結局は何をやっても繋がりは生まれる気がします。集中しすぎると頭が凝り固まってしまうんですよね、全く関係ない分野に触れることで、ニュートラルになれていますね。つい最近も、何となくアパレルで働いてみたいと思い、働いていました。

―やはり意識の中で繋がっているんですね。ただ、彫刻刀はどう繋がるのでしょうか。

そうなんです、私も点と点が繋がる瞬間を楽しみにしていますね。とりあえず、掘ります(笑)

障がいは憧れられる存在に

―ひと昔前だと義足はネガティブなイメージがありましたが、最近は「サイボーグ化」の波で、むしろカッコいいという印象があるんです。技術の進歩は「障がい」の希望になってくるのかなと。また、憧れられる存在になっていくのではないでしょうか。

そうですよね。メガネだって、本来は視力を補う器具ですが、 今はオシャレで視力が悪くなくても着ける人もいますよね。車イスも、足が不自由な人のみが使っているイメージですが、足が疲れた時に乗りたいと思ったりしますよね。いわゆる健常者も、かっこいいのがあったら乗り始めると思うんです。

―技術の発展で、遺伝子組み替えなど「難しい部分」は発生してきますよね。

遺伝子を改変する技術「ゲノム編集」の問題は本当に難しい問題だと思います。何が難しいかというと、自分の子どもとはいえ、人の人生を親が決めるという部分。日本でも慎重に議論されているようです。

チャリティー番組に出演した理由

―24時間テレビに出演された前後の心境は?

今でも制作会社と交流は続いていて、真心は楽しくやっています。出演が決めたのは、自分たちのエゴで、自分たちが楽しいことができるかどうかで選択しました。真心に「やってみる?」と聞くと「やるー!」と返事をしたんです。

もしかすると多くの制作会社があるので「(障がい者を出演させて)感動させてやろう」と思っている人も中にはいるかもしれない。けれど、私が出会った制作会社の人たちは、全然その視点ではなくて、真心が楽しめるように、企画を明るいものにしたいと考えてくれていたんです。人間としても楽しい人たちですし、とても信頼しています。

―テレビ出演で反響はいかがでしたか?

普通に暮らしていたら、街中で声をかけられることってないじゃないですか。高校生が「あれ?真心ちゃん?」って。泣きながら声をかけてくれたことがありましたね。私は「あぁ、お涙頂戴にいっちゃったのか」って思いましたけど、真心は「は?なんで私のこと知ってるの?」みたいな反応で、そのギャップが面白かったですね(笑)

―テレビ出演して良かったですか?

良かったですね。世間の反応は「こういう子がいるんだ」でいいんですよ。障がい児でも、キャラとして「かわいいな」とか「おもしろい」といったポジティブな感情が少しでも生まれれば。それより、当事者の家族たちから「楽しそうで良かった」と前向きなフィードバックがあったのが、嬉しかったですね。

私を含む障がい児の親は「障がいがあるから」という理由だけで「できない・無理」と決めつけて子どもの可能性を潰してしまう恐れがあるんですよね。「やっぱり経験させないと、本人が楽しいと感じるか分からない」という気づきがあったので、テレビ出演は良かったです。

―テレビ出演で批判の声はなかったのでしょうか?

全然ないんです。ただ、身内にはテレビ出演で「名前や顔も出るので、誘拐されちゃう」と、心配する声もありましたね。でも、私は「知ってもらうことによって、世の中に守られるという発想があるのではないか」と考えました。

何より、子どもたちが「出たい」と言っていたので。子どもにとってテレビ出演は、芸能人に会えるし、制作会社の人も面白し、ウハウハですよね。心配することも理解できますが、私は「守られる」ということを信じていますし、子どもたちが楽しみにしていることを理解して欲しいと訴えたんです。

結局、テレビ出演後「見たわよ、すごい良かった」という感じになっていましたが(笑)

今後の活動について

―今後の活動についてはいかがでしょうか。

誰のためとかではないですが、この世に生まれたからには「見たいものを見たい」と思っています。オーロラ、自然現象、世界の綺麗な景色とか。この目で見たいものがいくつかあるんですが、それを見に行きたいです。仕事のヴィジョンではないのですが、人生の中で「これをやってから死のう」みたいなリストは作ってますね。

仕事は、今は流れの中にいるので「流れ」の中で出会った人、閃いたことを着手していっています。これから何かをやるために逆算するといった頭の良いことはせずに、とにかく流れやご縁に任せています。

―先日も旅行をしたそうですね?

そうですね、沖縄の小浜島に行きました。毎年、宮古島に行っていたのですが、今回は天候不良で場所を変更したんです。旅行は、私の父親(通称・じぃじ)が「家族同士の絆を繋いでくれた真心にキレイな海を見せたい」と、真心が2歳の頃から連れて行ってくれるようになりました。

5月は、真心の希望でフロリダにも行きましたね。時差ボケで体調を崩してしまい、帰ってきた後すぐに入院することになったのですが。いろんな経験をさせてくれるのは、いつも父親です。

―きっと障がいがあることを理由に、旅行をしない人もいますよね。

やっておけば良かったと後悔はしたくないので。体調が悪くて断念はしたのですが、本当はジェットコースターにも乗れちゃうんですよ。フロリダでは「個人の責任」という考え方なので。旅行を真心の心はとっても自由ですね。障がいがあっても「どこにでも行ける」と本人は思っているはず。

日本では、車イスで乗れるアトラクションはまだ少ないんですよね。なので私の野望としては、最先端技術を使ったアトラクションを作って、寝たきりの人でも楽しめるようにしたいと思っています。例えば、目だけで遊べるアトラクションなど、あくまで障がい児用ではなくて、誰でも楽しめるようにすれば、自然な形で導入することができるはずなんですよね。

大人たちができることは、汗と涙の結晶を「子どもたちに何か残す」ということ。それが大事なんだと思います――私、良いこと言ったね、これ書いといてください(笑)

Happyルール|加藤さくら

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―最後に「幸せになるための秘訣 = Happyルール」を教えてください。

私のHappyルールは「笑って死ねるか」ですね。

何かを選択する時の基準は、私が死ぬ時のことを考えて、この選択して良かったかと思えるか、笑えるかで考えています。やって良かったという決断は全部していった方がいい。

もちろん、やって失敗した・後悔したということもたくさんあります。でも「必ず道は開ける」ということを知ってるから、暗闇の中にいた時は「あぁ今、暗闇なんだ」と諦めます(笑)

無闇にもがこうとせず、悲しいときは「今、悲しいんだ」と。次女・真心が筋ジストロフィーという難病だとわかった時も「こういう人生の時なんだ」と思って、とことん落ち込んで……。とことん落ち込んだら必ず上がれるから、シンプルにその時を待つ。

―「暗闇を受け入れる」のは、なかなか出来ないことですよね。例えば、仕事をやめた方がいい状況で、やめずにダラダラと続けるなど、受け入れずに、もがいて状況が悪くなる人もいると思うんです。

そういう意味では、私は適当なのかもしれない(笑)

様々な事情で仕事をやめたい時、どうしても責任感でやめられない・やめづらいと思う時ってありますよね。そんな時、夫が「国のトップがすぐ辞めるのに、一個人がやめにくいってどういうことだよ(笑)」って言ってくれて。私は「たしかに(笑)」と、悶々としてしまっていたところを励まされたんです。

Happyルール「笑って死ねるか」に行き着いたのは、次女・真心の寿命をドンと突きつけられたということも大きいですね。当たり前だけど「人の寿命って絶対にある、いつか死ぬ」と改めて感じて。だから、死ぬ時に「良かった」って死ぬ方がいいよね、と思ったんです。

加藤さくら

Happy Avenue

『こころのバリアフリークリエイター』としてさまざまな団体の取り組みに便乗しながら活動中。

夫と2女の4人家族。次女は福山型先天性筋ジストロフィー。某英会話スクールに10年勤めた後、親業訓練協会の親業インストラクターになり、講師活動をしていたが2018年協会を退会。現在は、NPO法人 Ubdobeでデジタルアートを使って小児のリハビリを楽しくする『デジリハ』を担当。また、一般社団法人 障害攻略課で社会側にある障害をポップに攻略中!

著書:『えがおの宝物~進行する病気の娘に教わる「人生で一番大切なこと」~』(光文社)
出演:BS TBS 『夢の鍵』、24時間テレビ 愛は地球を救う『おひるねアートでひと夏の大冒険』、ドキュメンタリー映画『えがおのローソク』

BLOG:Mom time to live your life 81

Ubdobe/ウブドべ

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医療福祉エンターテイメントを通じてあらゆる人々の積極的社会参加を目指す「Ubdobe(ウブドベ)」。福祉に興味がある人ない人も、障がいがある人もない人も。アートと音楽を通じて「摩擦」を生み出す場を作る。

WEB:Ubdobe

一般社団法人 障害攻略課

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中能登町による初のプロジェクトチーム「一般社団法人 障害攻略課」は、バリアフリー環境を必要とする人に立ちはだかる障害を攻略するためのプロフェッショナル集団。すべての人が暮らしやすい日本社会を、ポップに創っている。

WEB:一般社団法人 障害攻略課

編集後記

難病・福山型先天性筋ジストロフィーと診断された真心(まこ)ちゃんの母・加藤さくらさん。今回は真心ちゃんではなく、加藤さくらさんにフォーカスしたいとインタビューにのぞみました。そうしたことで、病気だけではなく、難病と家族・周囲の“リアル”を垣間見ることができた気がします。

加藤さくらさんから伺った真心ちゃんの可愛らしい行動や家族関係が面白く、笑いの絶えない楽しいインタビューでした。ありがとうございました!

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